私とアシュタールは矛盾している?

全手法を公開中▶︎ 夢をかなえるキセキの損切り


こんにちは、みくです。

小碓命さんという方から、ご質問のメールをいただきました!

いつもブログを拝見させていただいている者です。

2022/11/7のブログに

『“努力”とは、創造することです。それは「報われるのを待つ」「誰かが救ってくれるのを待つ」「誰か答えを知ってる人に答えを教えてもらう」ことを諦めるということです。救済は、キッパリ、諦めてください。』
『自分で考えて、調べて、感じて、転びながら、悔しい思いをしながら、答えを作っていくのです。傷つかづに失敗せずにカッコよく一発で成功できる方法。そんなものはこの世に存在しません。なぜなら、そのプロセス自体が創造だからです。』

というのがありましたが、一方で2022/5/15のブログに

『みなさんの狭い檻が壊れてしまったのです。(随分前に。しかしそれは現実世界に降りてくるまでタイムラグがありました。)檻というのは安全でした。「ああすれば、こうなる」と理解可能な世界でした。それは「自分を信じる」ということで回っている社会でした。例えばお金が手に入ったのは、自分が頑張って働いたから当然だ、と思えました。自分が勉強したら、これがわかるようになったのだ、と思えました。自分の能力を使ったから、これが手に入ったのだと思えました。しかし実際のところ、その自信はこれからの時代に持って行けません。常識が、変わってしまうのです。どう変わるのか、それは「宇宙を信じる」ということに変わるのです。
自分を信じる、から、宇宙を信じる、という転換は、まるで目を閉じて空中ブランコを飛び移るような怖さがあります。
何度も練習して、何度も目で見て確かめて、何度も「よしいけるぞ」と確信して、そうやって生きてきた。自分を信じられる、ということはいいことだと思っていたし、その自信に基づいて人生を設計してきた。そこから踏み外してはいけないよ、そうやって生きるのが正しい生き方だよ、そうじゃなければ死んでしまうよ、と教わってきた。
しかし実際のところ、この転換に必要なことは、みなさんのそういった「“努力”」ではないのです。
洗濯機は、衣類が各自で頑張って回ってくれているから洗濯されるわけじゃないですよね。洗濯機の衣類は、流れるプールみたいにただ水の流れや勢いに任せてグラグラ揺れて、汚れがどんどん浮かんでいくから、洗濯されるのです。これが「宇宙を信じる」ということなのです。』

というのもありましたが、それぞれ比較すると、どうしたらよいか大変難しいです。
「誰か答えを知ってる人に答えを教えてもらうことを諦める」なら結局は自分で考えるしかなく、もしかしたら、ただ一つの正解があるというわけでもないかもしれませんが、もしよろしければこのことについてブログで取り上げていただくなどしてもらえたら嬉しいです。

以下、喜んで回答いたします!

この質問は、みくが自力で頑張れ、と言っていることに対し、アシュタールは自力で頑張るな、と言っていて、矛盾していて混乱する、という話だと思うのです。

これはどちらも実は同じことを違う視点から言っています。

<大枠の話>

この話はどちらも「私たちが”何もしなくても”楽々成功してしまう世界(=救済)」について語っています。

アシュタールの方が、すでにその世界を体感した人の目線で語っているのに対し、私の方はその世界を体感する途中の人の目線で語っているのです。

そういう意味では、アシュタールは「答え」を言っていて、私は「その答えに到達するためのやり方」を言っている、と言えます。

<個別の話>

さて、上記の大枠の視点の違いを説明するため、まずは単純にパラグラフごとに取り上げます。そして部分を補いながら、解説していってみましょう。

先にアシュタールの方から補っていきたいと思います。まずは前段の部分。

みなさんの狭い檻が壊れてしまったのです。(随分前に。しかしそれは現実世界に降りてくるまでタイムラグがありました。)檻というのは安全でした。「ああすれば、こうなる」と理解可能な世界でした。それは「自分を信じる」ということで回っている社会でした。例えばお金が手に入ったのは、自分が頑張って働いたから当然だ、と思えました。自分が勉強したら、これがわかるようになったのだ、と思えました。自分の能力を使ったから、これが手に入ったのだと思えました。

狭い檻=ああすればこうなるの世界です。

つまり、ここでいう「自分」というのは、
「自分の思い込み、決めつけ」です。(=ああすればこうなる)

それは、すでに壊れてしまったと言っています。けれど、私たちは、まだその古い常識に基づいた自信にしがみついている。

しかし実際のところ、その自信はこれからの時代に持って行けません。常識が、変わってしまうのです。どう変わるのか、それは「宇宙を信じる」ということに変わるのです。
自分を信じる、から、宇宙を信じる、という転換は、まるで目を閉じて空中ブランコを飛び移るような怖さがあります。

ここでいう「宇宙」というのは、どこか遠くに存在しているものではなく、「わたしたちを取り巻いている実態」という意味です。

つまり「現実」ということです。

「時代は、自分の決めつけた世界から、実際の現実の中へ移行する」ということを語っているということです。

言い換えると「ああすればこうなるという自信」を捨てて、現実をそのまま受け入れるだけで幸せに生きられるということ。しかし、私たちにとって「何もしないで現実を受け入れる」とか「流れに身を任せる」というのは、怖いことなんです。

何度も練習して、何度も目で見て確かめて、何度も「よしいけるぞ」と確信して、そうやって生きてきた。自分を信じられる、ということはいいことだと思っていたし、その自信に基づいて人生を設計してきた。そこから踏み外してはいけないよ、そうやって生きるのが正しい生き方だよ、そうじゃなければ死んでしまうよ、と教わってきた。
しかし実際のところ、この転換に必要なことは、みなさんのそういった「“努力”」ではないのです。

こちらでアシュタールによって語られている「そういった“努力”」というのは、ここ最近の私が言う「自分の価値を上げる努力」と「自分の価値が下がらないようにする努力」と言い換えることができます。

つまり、一連の記事で、間違った努力だと言っているヤツのことです。

そしてそれによって「価値が上がったと信じる」=「自信」です。

アシュタールが否定したいのは「ああすれば、こうなるの努力」つまり「自分の思い込みに基づく努力」や「自信」です。(例:いい大学を出ればお金持ちになれる、とか、結婚すれば幸せになれる、とか、練習すれば上手くなれる、という目論見=狭い檻)

洗濯機は、衣類が各自で頑張って回ってくれているから洗濯されるわけじゃないですよね。洗濯機の衣類は、流れるプールみたいにただ水の流れや勢いに任せてグラグラ揺れて、汚れがどんどん浮かんでいくから、洗濯されるのです。これが「宇宙を信じる」ということなのです。

ここで、アシュタールは「答え」を教えてくれています。
それは「洗濯機はもう回ってまっせ、君たちはその中にいまっせ!」ということです。

もうすでに、あなたたちは自動で楽々成功しちゃうモード(=洗濯機)の中にいますよ。

それは、救済はすでに現在もう起きている(DONE)、ということでもあります。
だから、救済されるために何かをする必要はないということでもあります。

これがアシュタールが教えてくれる「答え」です。

でもここで問題があります。

・どうして洗濯機の中にいるはず(新しい時代はもう来ているはず)なのにトラブルを抱えているのか?
・どうして洗濯機の中にいるはず(新しい時代はもう来ているはず)なのに悩み苦しみが発生するのか?

それに対して、アシュタールは「自分の決めつけ・思い込みで頑張るのを、やめたら?」「自分の信じてるものを捨てたら?」とサラっとやるべき正しい努力を述べています。

いやいやいやいや。

そうだったんかい!!

じゃあその「やめる」「捨てる」ってどうやってやるねん!!!!

はい。

私が来た。

ここから私の文章の解説に入ります。

“努力”とは、創造することです。それは「報われるのを待つ」「誰かが救ってくれるのを待つ」「誰か答えを知ってる人に答えを教えてもらう」ことを諦めるということです。救済は、キッパリ、諦めてください。

ここでいう救済は、洗濯機のことですね。

「洗濯機でじゃぶじゃぶ回されながら『あの〜私の洗濯機はいつ来ますか〜!?どこにありますか〜!?』と言うのは、やめてください」という意味です。

そうじゃなくて「あ!私、今、洗濯機で回されてるわ!」と気づく努力をしてください。

さらに説明しますと、

洗濯機=デフォルトで存在価値が高い状態

ということになります。

皆さんの中で、天国、楽園、救済、というのは、お金もたくさんあって社会的成功もできている何も心配がない状態かと思いますが、それはつまり鬼のように存在価値が高い状態、とも言い換えることができると思います。

そんな存在価値が高い状態になるためにまず人は何をするか?

それは「価値を上げようとする」「価値がこれ以上下がらないようにする」だと思いませんか?

これが狭い檻、古い常識です。

しかし実際はそれをすればするほど価値下がる(下がったように感じる)

だから私も、アシュタールも「その努力をいますぐやめて下しゃい!」と言っています。

なぜなら価値は上がったり下がったりしないからです。

す で に あ る からです。

あなたは、洗濯機に

す で に い る からです。

「じゃ、じゃあどうすればいいのさ!?」となってしまいますよね。

努力やめろって言うし、何もしなくていいってわけじゃないって言うし!

はい、そうなんです。

洗濯機(全自動で楽になっちゃう世界)にいると気づくためにやるべきことがあるんです。

やるべき努力を明快に解説した概念「損切り」なんですよ!!!

自分で考えて、調べて、感じて、転びながら、悔しい思いをしながら、答えを作っていくのです。傷つかずに失敗せずにカッコよく一発で成功できる方法。そんなものはこの世に存在しません。なぜなら、そのプロセス自体が創造だからです。

この「考えて、調べて、感じて、転びながら、悔しい思いを」する目的は「自分の思い込み・決めつけの外に出る」ことです。(=洗濯機にいることに気づくこと)

例えば「会社に行って頑張って働けばなんとかお金がもらえる」と思っている人がいるとする。

「辛いことがあってもそれでも歯を食いしばって頑張って会社に行き続ける。」
「いつか突然給料が上がる日が来るのかもしれないし」
というのが、間違った努力ということになります。(言い換えると『何もしてない』。『救済を待ってる』。)

しかし一方で正しい努力は「会社に行って頑張って働けばなんとかお金がもらえる」は、単なる私の自分勝手な思い込み、私が勝手に信じてることなのかも?と考える。

「会社で働く以外にもお金を手にれる方法」を探したり。
それを見つけたら「会社に行くのをやめて」試してみたり。
それがうまくいったら「今までなんだったんだろう」と悔しい思いをし。

「でも、あのまま会社に行かなくて良かったな。私は、こんなふうに生きたかったんだ。」という「答え」を作っていくのです。

それが「正しい努力」。

それが「創造」。

そうやって生きることが、洗濯機に回されて生きるということ。

ということなんです。

価値が上がりもしないし、下がりもしない世界を生きるということ。

そのために価値を上げるのを「やめる努力」。
価値が下がらないために頑張るのを「やめる努力」。

を、し続けるということ。

その結果「あ、私はもう自動で楽々成功するモードにいる」と少しずつ気づいていける。

だって本当にそういう世界になってるんだから!!

というのが、私とアシュタールの主張です。

「誰か答えを知ってる人に答えを教えてもらうことを諦める」なら結局は自分で考えるしかなく

とおっしゃっていますが、その通り、答えは自分で見つけるしかないんです。前述の例だと、「会社は向かなかった」が答えの人と、真逆で「会社は最高だった」が答えの人がいますから。

私が伝えているのは「その答えを見つけるために何をすればいいか」ということです。

何をすればいいかということについて、アシュタールは「自力で頑張るのやめろ」と言い、私は「自力で頑張れ」と言ったけど、その「自力」の内訳が違うんです。

アシュタールは「勝手な思い込みや決めつけに基づく努力」やめろと言っています。
私は「勝手な思い込みや決めつけから脱出しようとする努力」しろと言っています。

どちらも同じことを言っています。

アシュタールは「何もしないでくれ!何もしないほうがずっと楽に成功するんだよ!もう世界はそうなってるんだから!」と言っています。
それに対して私は「無理だよ!うっかり何かしてしまうよ!やめたいけど、どうやってやめればいい?」という話をしています。

どちらも同じことを言っています。

解説は以上です!!!

この内容が理解できたら。

相当やばいよ。

根本的な洗脳が解けるってことだから。

よろしくお願いします。

みんなが何がわからないのか私はわからないから、質問してもえらえて良かったです。

ありがとうございました。


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