お金に対するダブルバインドを解く

こんにちは、みくです。

私はかつて、節約というのは貧乏臭くて我慢ばっかりで嫌だ、と思っていたんだけど、その感覚はある意味、正しいのだ、と昨日の貸借表の概念で思った。

というのも、節約にも2通りあって、
①負債を減らし資産を増やすための節約(=お金持ち)
②負債を減らすために負債を増やしている節約(=貧困)
の2通りだと思う。

これが同じ「節約」と紹介されていることで、ダブルバインドに陥っていたような気がする。だって、意味は真逆なんだのに言葉は一緒。

そして私が嫌がっている節約は②であり、お金持ちになるために必要な節約は①であるということだったのだ。

ちなみにマジレスすると②は節約ではなくて、貧困である。「節約レシピ」ではなくて「貧困レシピ」というべきであり、「節約生活」ではなく「貧困生活」というべきだ。

やればやるほど貧乏になるのが、「節約」であるはずがない。

しかし世の中ではなんとなく①と②が同じ「節約」という言葉で紹介されてることが多いので、ミニマリズムや自然派に興味のある私は、結局どっちも見る羽目になる(見ないとどっちかわからないからね)

例えば数字の上だけ見れば、仮に同じ手取り16万円で生活費10万円で生活して「節約生活!」と紹介されているのに、なんでこんなに違うんだろう?と頭が混乱した。

片や見終わった時に清々しさと希望とやる気を感じ、片や見終わった後にルサンチマンや貧乏くささ、後味の悪さを感じる。

しかし、謎が解けた。

後者の貧困節約は、負債を減らしているように見せかけて、実は増やしていたのだ。昨日の貸借表の話ですが。②の貧困節約は「お金」だけが貸借表だと思っている。

例えば「職場が世の中の状況によって経営が悪化し給料が半分になってしまったので、自炊して節約生活をします」というのは、お金だけを見ていたら負債を減らしているように見えるかもしれないけど実際のところ、この場合「その職場に居続けることで負債が莫大に増える」といったこともあり得る。

なので見ている側からすると「おおおお、借金雪だるま式に増えてるけど呑気に時間かけて自炊とかしてて大丈夫!?」といった気持ちになるわけである。

そういう人が、思い切って転職しよう!と何らかのスキルを身につけるとか勉強するとなると、一時的には時間とお金をかけることになり、収入も途絶え、手持ちの貯金は減るかもしれないが、「人生貸借表」でいうと資産が勝っていたりする。

例えばこのような貧困の動画をyoutubeで見たが、その人は節約する一方で「youtubeを始める!」という一大決心をしたはずで、それは長い目で見れば資産になることも多いのだ。(負債を減らす方が先じゃないと難しいと思うけど)

実は断捨離やミニマリストも①と②が混ざっていて、混乱する。

この貸借表は、単純な「ものの多さ」とは比例しないので、「ものは何にもないが、何となく無理や背伸びをしていて(無理=負債)辛そう」なミニマリストというのも存在する。

「他人から『すごい!』と言われたくて頑張っている」ということはものすごい負債なのでどうしてもそういう貧困臭がしてしまう。

お金持ちも同様である。負債が大きすぎるお金持ちも、決して少なくない。これらは一括りに「お金持ち」という同じ言葉で紹介されるが「混ざっている」のである。

お金に関するダブルバインドって、無数にありそうだけど、一つはこれなんじゃないか?という気がしてくる。

つまり「何が資産か、何が負債か」を「同じ言葉にしてわからなくさせる」ということ。

「負債を資産かのように売りつける」というのが資本主義の本質なのかもしれませんね。

「これは資産ですよ」といっているものは実は負債かもしれないし、「負債だから減らした方がいいですよ」と言われるものは実は資産なのかもしれないのだ。

怖い世の中だ。

お金持ちになるために必要なお金のリテラシーや、お金の教育って、実は、「何が資産で」「何が負債か」を教えることなんじゃないのか。

そしてこれって本当に難しい。とてもたった一人の数十年の人生ではわからないことのような気がしてくる。

だから、もしかして「本当に幸せなお金持ち」は、お金以外の貸借表のこともちゃんと子々孫々に伝えているのかもしれない、「何が資産で何が負債かを、見誤ってはいけないよ」と。

そして、もしかして、それって、「何が資産で何が負債か」を伝え継ぐことが、かつての民族の共同体・思想を成立させていたのではないのか?

お金の教育というと、一方的に、資産とは「現金、金融商品、不動産のこと」で、それを増やし、負債とは「借金、買掛金(支出)のこと」と決めつけて、それを減らすように教える。

途轍もない愚かなことなのかもしれない。

私たちは、それで「お金は」増えたかもしれないけど、とんでもない負債を抱えることになったのかもしれない。それは全ての社会問題という「負債」だ。貧富、自殺、がん患者、人体と環境の汚染、孤独死など。

負債と資産、割に合っているのか。

私はお金についていつも「お金のことって苦手」「算数障害だし無理」と思ってきたし、これからも「お金の勉強をしよう!」と思うような意識高い人間になることはないかもしれないけど、そもそも知識や計算ができないことは、実は問題じゃないのかもしれない。

一番問題なのは「資産は何か」「負債は何か」を正確に判断することなのかもしれない。

例えば今続けている仕事は負債なのか、資産なのか、とか。

この食事は、負債なのは、資産なのか、とか。

今のこの時間は負債なのか、資産なのか、とか。

それは「金勘定」とは全く別のレイヤーだが、本当の意味で、人生の貸借表を黒字化してくれる大切な大切な「審美眼」なのである。

先祖から伝わってないから、私たちが一生かけて見つけていかなきゃいけない。

私は、お金だけじゃない、本当の意味でちゃんと貸借表を管理してこなかったんだ。そしてわたしたちを支配する人たちによってぐちゃぐちゃに書き換えられた貸借表を握りしめ「なんでだろ〜?」と混乱して生きてきた。

なんなら貸と借をそっくりそのまま入れ替えられている可能性すらあるのだ。

恐ろしい世の中やで。

(全て仮説です)


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エネルギー治療者、ヒーラー&カウンセラーのみくです。大磯町のサロンにて、個人セッションを提供しています。read more