腸活は本当にトラウマ治療

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こんにちは、みくです。

あくまで私調べですが、私の体験的に本当に今回の腸活はトラウマ治療でした。(いや過去形にするのは気が早いかw)

トラウマ治療だということは。

フラッシュバックを起こさないでも治せる方法があるということですよね。

だって私がそれを開発したんですから。

つまり、つまり、

好転反応を起こさずに、腸の傷が修復できる方法があるはず。

そんな上手い話があるのか?

ありました!

それがアダムスキー式の腸活でした。

いや、こんな「健康書」みたいな、いわゆる、みたいな帯がついていますけど(笑)

私も最初は「ハーン、そういう新手のやつね」と思って、存在は認知していたけれども真面目に考えてこなかったんです。

1本のバナナで死にかけるまでは(笑)

バナナで死にかけたんじゃなくてバナナを食べるタイミングで死にかけたんです。

そして「モノには食べるタイミングがある」と悟った私は、食べ合わせ(消化の順番に合わせて食べる)の新説・アダムスキー式を導入してみました。

半信半疑でしたが、1日やってみて「何かが違う」「これはいい」「これなら続けられる」と確信。そしたら、翌日、すごーい!!ってなったんです。

基本的に、1小麦、2乳製品、3体に合わない食べ物、4糖類、5添加物等人工毒、6医薬品を、除去or見直していくという方向性は変わりません。

ただ、私の場合1、2と来たところで胃腸が死んで(過敏性腸症候群やSIBOの症状が出まくり)かなりキツく、3の合わない食べ物が多くなりすぎて、持続可能なやり方を探しあぐねていました。何を食べてもダメだから、だんだん合わない食べ物だからダメなのか、他の要因だからダメなのかがわからなくなっていった。

あとはカビを憎むあまり糖質を抜きすぎてしまった。実際は、健康でいられる最低限の糖質量を見極めることが目的だということを忘れてはならない…。

そんな状態(栄養が足りない、量が足りない)で次々とダイオフや好転反応が襲ってくるもんだから「とっても大変!どうしろと?」って感じ。

そこでアダムスキー式を導入したら色々問題なく食べれるようになって、持続可能なラインを見つけることができてきた気がします。

すごい!

最初からやっておけばよかった!

と思ったけど。

でも振り返ってみるとそれじゃダメだったんだろうな。とも思います。

好転反応を肯定するわけでも、フラッシュバックを肯定するわけじゃないけど。

私は今回、その中で何度も、すごく貴重な経験をしたので、やっぱり極端な食事制限をやってよかったと思う。

辛くなきゃ、「やばい!」と確信しなきゃ、本気になれない怠惰な私だから。

もちろん人には勧めない。これは一人一人が自分で決めることだから。

過去の話になりますが。

私が個人的に経験したトラウマ治療のプロセスの中で、特に大事だったのはフラッシュバックだったんです。

私が、治療者として必要だったのかもしれません。他者のフラッシュバックを理解できるようになるし。(信じられないことに、その辺の治療者はちょっとフラッシュバックを起こしただけで怯えて発作を起こすんです。一般人と変わらない!)

でも、そういう治療者としての腹の座りとかとは別に、私個人のプロセスとして、すごく重要だった。

なぜ重要だったかというと「自己理解」のためです。

自分が普通じゃない、なんでこんなことになっちゃってるの、ということについて、ずっと漠然と辛い、とか、生きずらい、とかいう曖昧な言葉で、自分自身を納得させてきたけど、トラウマ治療が必要ですと言われて、何度目かもわからないフラッシュバックを体験することで「何か、私の中に、私に身に覚えもない、私の責任ではない、しかし重大なエラーが起こっている」ということを理解することができたんです。

その苦痛は耐え難いものではありましたが。しかしフラッシュバックの中で、何度も、私は光を見つけてきたのです。

フラッシュバックは真っ暗な闇です。パニックになるほどに。でもその中に光があるということにいつしか私は気づいて、そして、さまざまな偉大な治療の手を借りながら、その光を自らの手で掴むことで、回復してくることができた。

これは、そのまま今回の腸活と同じなんです。

私はひどいダイオフや好転反応(全ての自分が持つ不調を煮詰めたようなもの)の中で、何度も、ギョッとするような自分の暗部と直面しました。

「まだ、こんなのが、おわした」と思うような。

これってすごい大事で、つまり、それは「治療をナメない」ということにつながります。

そしてその「お腐れ様」は、間違いなく洗い落とすと自分の資産なんです。(よきかな〜)

でも、でも、二転三転しますが。

これって、やっぱり旧式だなって思うんです。

つまりフラッシュバックや、厳しい好転反応を伴うやり方は。

なんかそういう修行僧みたいな克服のやり方は、古い時代のものなのかなって思うんです。

それが避けられないほど「そこまで行っちゃった人」なのかなって昔だったら思っていたかもしれない。でも「そこまで行っちゃった人」でも「ちょっと行きかけの人」でも距離は違うだけで方向は一緒なはず。

つまり東に行って不調になるなら西に戻さなきゃいけない。西に戻す、という作業は一緒。

そこで苦痛を伴わずに自分の中心に戻ってこれる方法があるなら、時間がかかってもそっちの方がいい!と思うし、しかも大抵は、時間がそっちの方が短縮できたりするようにできてる、世界は。

世界はわたしたちが回復するのを本当はすごくすごく望んでいて、そしてそのための助けなら惜しまない!という気持ちでいてくれているのです。

その力を借りることができたら私たちは、最低限のフラッシュバックだけで中心に戻ってくることができる。(最低限、というのは、まあ走ったら汗かくよね、というレベル。)

アダムスキー式の話をしようと思ったのに全然違う話をしている!


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