お金持ちになりたい、は嘘

全手法を公開中▶︎ 夢をかなえるキセキの損切り


こんにちは、みくです。

せっかく牡牛座に生まれたのだし、ということで、ここのところずっと、金融経済の勉強をしています。すっかりハマってしまい、生まれて初めてできた私の趣味になっています。

そこで気づいたことがあって。

それは多くの人が思っている「お金持ちになりたい」というのは、嘘だということです。

少しややこしい話なのでゆっくり説明します。

第一の論点:「お金持ちになりたい」の「お金」とは一体何か?

資本主義の世界では、確実にお金持ちになるための方法がすでに確立されています。(この記事の本論とずれますので、方法は次回ご紹介しますね。)
そこには特殊な能力は何一つ必要なく、やるべきことは決まっており、あとはそれをやるかやらないかという各人の決断だけです

例えば、弁護士になりたければ、法律を勉強し、試験に合格する、という「やるべきこと」はもう決まっています。他に方法はありません。

お金持ちもそれと同じだ!ということを知った時の私は、「それってつまり、ただの職業じゃん。」と、なんだかキツネにつままれたような気持ちになったんです。

なぜキツネにつままれたのかというと、2つの側面がありました。
1つ目は「お金持ち」というと、夢のまた夢のようなイメージだったことに対して、やるべきこともはっきりした現実可能な職業の一種であるというギャップに驚いたこと。
2つ目は、そうであれば、なぜこんなにも多くの人がお金持ちを目指しているんだろう?という不思議です。(「弁護士」や「医者」などの特定の職業を目指している人の数に比べて明らかに多すぎる人々が漠然と「お金持ち」になることを夢見ている。)

そして、実はあまり誰もがなりたがらない「職業・お金持ち」と、どんな人でも憧れる「お金持ちのイメージ」は、同じ「お金持ち」という言葉だけど、全く別の存在を指しているのだ、ということに気づきました。

じゃあ、どのお金持ちなんだろう?と考えた時に、それは実は「お金持ちじゃないじゃん!」ということに気づいてしまったのです。

例えばみんなが憧れる存在として、youtuberでお金持ち、とか、野球選手でお金持ち、というのが存在します。

彼らは、経済やお金自体に興味を持っているわけではありません。(職業・お金持ちを目指しているわけではないですよね。)

彼らは、お金ではなく、youtubeを愛している、野球を愛しているだけです。

例えば、彼らに「一兆円あげるから、youtube辞めてくれ」とか「野球を辞めてくれ」とかお願いしたって、辞めないでしょう。
それは彼らの「命」だからです。

それをできない人生なんて、何の価値もない、と感じているからです。

つまり、私たちが憧れているのは、彼らが持っているお金ではなくて、彼らが感じている「価値」なのです。

「お金持ちになりたい」の「お金」とは「価値」のことだったんです!

第二の論点:「命の価値」を因数分解してみるとわかる「バロメーターとしてのお金」

「ただのお金」ではなく「価値のバロメーターとしてのお金」に憧れる私たち。
つまり私たちは、誰でも「命の価値」が欲しい、ということがわかりました。

じゃあ「命の価値」って、なんでしょう?

結論から言うと、

命の価値=必然性+好き

です。

解説しますね。

1、必然性
必然性とは、自分では選べないところにあるものです。

・生まれた場所や地域
・家庭、境遇
・偶然の出会いや出来事
・時代の流れ
・人々の期待や需要
といった外部の要因によるものです。

2、好き
好きというのは、自分が強い興味や関心を抱くことです。

はっきりした理由がなくても「とにかく好き」とか「なぜかそれに惹かれる」とか「やっぱりやりたくなる」とか「たまたま得意だった」とか、そういうものです。

先ほどの「職業・お金持ち」を例にして考えてみましょう。

確かにお金持ちになるには、特別な能力は必要ないと言いました。けど他の物事と同様、勉強したりといった基本的な努力は必要ですし、考えることもたくさんあり、忍耐や精神力も必要なわけです。

だから、そこには「必然性」と「好き」かどうか、という2点が必要なんです。
例えば世襲制で、親から受け継いだ資本を守り増やしていかなければならない、という場合は「必然性」があります。
お金が好きで、金融経済に興味があって楽しいと思える、という場合は「好き」があります。
この、どちらが欠けてもいい結果は出ません。
でも、このどちらも揃っていれば、その人は何度でも、無一文からでも、お金持ちになれるんです。

では、youtuberや野球選手ではどうでしょう?

なぜyoutubeをやるのか?野球をやるのか?それが、彼らにとって必然の流れだから好きだからに他なりませんよね。

もし彼らがある日突然、お金を全て失ったとしても、それが命だと感じているなら、どんな手段を使ってでもyoutubeをやるでしょうし、野球をやるでしょう。
そして、またお金持ちになる。

つまりお金は後付けに過ぎない。
お金は、感じている価値の、単なるバロメーターです。

「価値」に近づけば近づくだけ、お金には困らなくなります。
私たちは、それが羨ましいのです。

つまり、憧れているのはお金なんてどうでも良くなるくらいの「必然性」と「好き」の只中にいる状況なんです。

それがスターであり、憧れの対象であり、命の輝きであり、存在価値が高い!と言うことです。こうなってくると、ますます「お金」は関係ないんです。

私たちが憧れてるのは、お金持ちではなく「バロメーター持ち」だったんです!

そしてそのバロメーターが表示するのは「命の価値」です。
つまり「必然性」と「好き」を満たすものが「その人の命の価値」を感じさせてくれるものなんです。

結論:

ここまで読んだ方にはお分かりいただけますね。
だからほとんどの場合「お金が欲しい」というのは、なんです。

私たちが生きる目的は「命の価値に出会うこと」に他ならないのです。

「命」がない状態ほど悲しいものはありません。そしてその悲しみが、お金に不安として、バロメーターとして現実化していくのです。

その不安をなんとかしようとして「お金」を求めることは、全くもって徒労です。

「命」を見失ってしまったら、「命」を求めるべきです。
もっと具体的な言い方をすれば、今のその人にとっての「必然性」と「好き」を発見するために努力するべきです。

「お金」は、そのバロメーターに過ぎないのですから、

ちなみに、この「命」は職業とか、決まった固定のものである必要すら、ありません。
例えば「家族が命」の人にとっては、家族と一緒に過ごし、家族の笑顔のために働き、家族と出会えた奇跡に感謝して、日々生きることが何よりも幸せでしょう。1兆円もらっても、その幸せと交換したりはしない。

そして、それは固定化したものではないので、今のあなたにとって「必然性」と「好き」があれば良いのです。多くの場合、それは瞬間、瞬間、変わっていきます。
小さなものもあります、大きなものもあります。

しかし必ず、その一つ一つは、自分でも気づいていない何か大きな「必然性」と「好き」に、収斂していきます。

それが「あなた」です。

それが「あなたの存在価値」です。
それが唯一無二のあなたの尊さです。

それがあなたの「太陽」です。

おまけ:命の時代へ

これまでの時代は「命」を持たないスーパースターや、「命」を持たないセレブリティたちの時代でした。
「必然性」や「好き」を持たない成功は、とても危険で、悲しいことです。そこには命の正当性はありません。彼らは、その意味で、悪魔と契約していたのです。

でも、時代は変わりました。
恐る恐る、しかし堂々と「命の価値」を求めることができるように。
芸能人が次々と事務所を辞めて独立したり、大企業から次々と内部告発が始まったり、政治・経済・国際情勢、いろいろな場所で地殻変動が起き、時代は大きく動いています。命の時代へ動いています。

有名投資家のジム・ロジャーズさんが、最近のインタビューでこんなことを言っていました。
「投資が好きなら、投資をしてください。庭師になりたいなら、投資をする必要はありません。庭師の勉強をしてください。あなたは庭師として成功し、お金持ちになるでしょう。」

あなたの本質が命である以上、どうせ最後には全てを手に入れることが決まっています。
だから、今どんなに苦しくても、未来を悲観する必要はありません。
あなたにとっての必然性を探してください。
あなたにとっての好きを探してください。


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